月夜見

   “逢瀬の晩に”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

大元は海の向こうの大陸から来た伝説で、
天の神様たちの恋ものがたり。
神様たちの衣紋を織っていた織姫と、
天界の牛の世話をしていた牽牛という若者は、
それぞれにそれは生真面目で仕事熱心だったことから
感心した天帝が二人を妻合わせた。
二人はお互いをそれはそれは好きになり、
恋というものに夢中になる余り、
自分たちの仕事も忘れてほうり出す始末。
それはよくないと怒った天帝、
彼らを天の川の左右の岸へ引きはがしてしまう。
もう二度と逢うことが叶わなくなった二人は、
悲しみの余りにそれはそれは憔悴してしまい、
それはそれで可哀想だと哀れに思った天帝様、
年に一度だけカササギたちに橋を架けさせ、
天の川の真ん中で会うことを許してやると仰せになられた。
ただし、雨が降ったらその橋は架からぬ。
なので日頃から行いを正して過ごしなさいとしたのが大元…なのだが。
厳密に言えば、
これは中国で語り継がれていた「乞巧伝(きこうでん)」という伝説であり、
それへ日本に古来からあった「たなばたつめ」という風習が習合したのが、
日本の“七夕”だと言われている。
たなばたという言いようからして“棚機織り”を指していて、
機織りの神様に上達しますようにと祈った神事が日本にもそもそもあり。
神事には必ず、
此処で祈っておりますという神様への目印に笹を立てたとされていたので、
そういったものが一体化して広まったんでしょうね。
奈良時代から朝廷レベルの祝い事として遂行されていたそうで、
民間でも笹かざりを立てるようになったのは、
こいのぼりや月見と同じく、江戸時代からです。




夏至も過ぎたが、梅雨明けはまだで。
特に今年は妙に雨の日が多くて気温も上がらず、
いやいや本来はこうだったんだってと、お年寄りたちが言うものの、

 “雨が多いって聞いてはいたけど、その割に…って感覚だったもんなぁ。”

ですよねぇ。
特にここ最近は、梅雨のせいという雨じゃあなくて、
物凄い勢いで発達した低気圧によるゲリラ豪雨とかが主流で、
あ・いやいや、それは現代のお話でしたね、すいません。
田圃で稲を育てるにあたって必要な、
大量の雨が降る季節という時期だったのは知っているけれど、
それにしちゃあ降らないねぇと、
むしろ案じていなさったここ数年だったので、
それが明ける寸前に、
帳尻合わせみたいに大雨になるほうに慣れている若いのには、
こうも連綿と降るのは鬱陶しくてしょうがない。
外で仕事をする人々には特に迷惑千万で、
そういった人を相手のお商売も上がったり。
ルフィがひいきにしている一膳飯屋の“かざぐるま”も、
このところは閑古鳥が鳴いている。
日当が出ないのに外で飯もないというのは判るけど、
不景気だったらありゃしないと、
気の強いナミでさえ“あ〜あ”と溜息ついてた始末だし、

 “俺だって あ〜あだよな。”

何と言っても
岡っ引きというのはご城下の治安を守るお勤めだから、
雨も晴れも関係なくて。
いや、そこはいんだけど。

 “……。”

雨が降っても、いやさ、
足音や気配を消せて、
雨こそ天から降って来た隠れ簔になるとばかり、
盗っ人には恵みとまで言われてるらしいお天気だからこそ。
夜回りなんかは気を入れてあたらにゃならないのだろうけれど。

 “…やっぱ雨は仕事になんないのかなぁ。”

今宵は午後も何とかもったお天気だったんで、
傘は持たずに出て来たところ、
見回りの真ん中あたりでいきなり降りだし、
うひゃあと飛び込んだのがどっかの商家の軒下で。
中通りなので そうそう軒も連なってなくて、
軒づたいに進むことも出来ず、
無理から駆け出せばちょうちんが消えるしと、
雨脚が収まるのを待っての立ちん坊。
雨になると仕事にならないのは
“出職(でじょく)”と呼ばれる、
大工や鳶職など外で仕事をする人たちだが、
そういやぁの あのお坊さんもまた、
辻での托鉢がお務めなのだから、
雨が降れば仕事にならぬに決まっており、

 “それで出歩かないから、顔を合わせられないのかなぁ。”

特に何という話がある訳じゃあない、
僧侶なだけにお達しとかは寺社奉行が出す手合いで、
お構い違いだから尚のこと、
縁も無いっちゃないのだけれど。

  けどサ

それこそ、よく降るねぇ、そうだねぇなんて、
何てことない言葉を交わすだけでもいいのにな。
最近顔見ないけど、元気でやってたか?
ちゃんと飯は食ってっか?
坊さんてば、人にばっか食わせてよ、
自分は酒飲んでるとこしか あんま見ないぞ?
眸ぇ細めて はははって豪快に笑うとことか、
そのくせ、怪しい奴に因縁吹っかけられると
同じ眸がすうって鋭く座って、
口許の形も片方だけ上がって、
怖い意味でのお愛想笑いしか見せなくて。
錫棒をぶんって振ったら、
あっと言う間に7、8人は吹っ飛ぶくらいの
凄い威力で薙ぎ倒しちまえてさ…。

 「………。」

そんなカッコいい雲水のお坊様に、
そういや梅雨入りしてから逢えてないなと、
何とはなし気になってる麦ワラの親分さん。
雨続きで、涼しいほうの夜風がそよぎ、
どこかから ざわり・わさわさと聞こえたのは
恐らく笹かざりの木葉擦れの音。
一年に一度しか逢うことを許されない
恋人同士の逢瀬がせめて晴れて叶いますようにと祈りつつ、
お習字やお裁縫が上手になりますようにと、
短冊に書いて飾っているお宅があるらしく。
長屋でも子供らが、
手習いのせんせえを囲んで何やら書いていたっけね。
それらを提げたのは、何を隠そう
ルフィ親分が裏山から刈って来た、
お飾りにしちゃあ ずんと大きい笹だったそうで。

 『親分も何か書きなよ。』
 『そうだよ。』
 『習い事じゃなくて、願い事でもいんだよ、書きなよ。』

子供らから詰め寄られて焦りつつ、
俺は大人だからいんだよと、何とか誤魔化して来たけれど、

 “逢いたいなぁってのはダメなんだろな。”

一年に一度しか逢えない人たちもいんだしサ、
こんくらいで もしょもしょ言ってちゃいかんよなと。
それでもやっぱり気は晴れないか、
はぁあと溜息ついて顔を上げたれば、

 「あれ?」

雨はもう上がってる。
なのに、さっきから さあさあという音がしていて。
だから止まないなぁと思ってたのだけれど。
じゃあ何の音だろかと、辺りを見回したら、
視野の中で揺れたものが一つ。
先程からさあさあという、
涼しげな、でも雨脚みたいに聞こえていた音の正体が、
風もないのにしきりと揺れ続けていて。
言わずもがな、もうとうに雨戸も降りてる時間帯。
職種によっては遅くまで夜なべ仕事があるにしたって、
住まいの方にあたろう母屋の庭先でごそごそはすまい。
なのに、軒先へ据えてあった笹飾りがこうも揺れ続けるなんて…?

 「???」

すぐ傍らの板塀の隙間から庭を覗き込めば、
雨雲のせいで見通しが悪いものの、
そこだけもっとも黒々としていて、
そのせいで きっちり目立つ一角がある。

 “なんで…、あっ。”

思ったと同時、もう既にその身が動いている。
塀の上、雨除けの短い庇が乗っているところへ手をかけて、
ていっと途轍もない高さ経由で軽やかに飛び越えると、
次の刹那には庭の中へと飛び込んでおり。

 「手前ぇらっ、そこぉ動くなっ!」

懐ろから十手を引っ張り出すのももどかしく、
外された雨戸から出て来たばかりの人影へ、
それは鋭く叱咤の声をかけており。
ぎょっと身をすくませた手ぬぐい覆面の何人か、
手に手に由緒ありげな組み紐で蓋された木箱を抱えていたの、
わわっと慌てて懐ろへ抱きしめる顔触れもあって、

 「こんな夜更けに商いもなかろうし、
  こんな裏手から見送りもないまま“じゃあね”もなかろう。
  おいらの言うことが言い掛かりなら、
  此処のご主人に仔細を聞いてみようか?」

 「ちっ。」

中の一人が忌々しいと言わんばかりの舌打ちをし、
残りのうちの何人か、持ってた木箱を仲間へ預け、
懐ろから匕首を掴み出したのが立派な自白。

 「…だと見ていいんだな。」

ふんと鼻先で笑ったそのまま、
ひょっと飛び込んで来た最初の一人の手首を捕まえ、
そばにあった庭石へがんと打ち付けて凶器を落とさせる。

 「ぎゃっ!」

何と言っても曇天の夜だけに、
夜盗と岡っ引き、多少は勘もいい同士ながら、
だからこそ さほど視野には差もないはずが、

 「こんのっ!」

入って来た木戸前に立つ親分を目がけている彼らはともかく、
親分の側は母屋自体が暗雲のようなもの、
そこの何処から来るやも和からずで不利かと思えば、

 それどころじゃあなくのこと

殴り掛かって来る奴も 匕首を閃かす相手も関係なく、
正確に拳を繰り出しては、顔面若しくは顎先へ、
がつんごつんと的確なお仕置きをお見舞いしており。

 「よほどのこと、長居をしたな。」

お宝探すのに時間を食ったか、
お前らみんなお香のいい匂いがしてっからなと、
雨上がりの庭先に探すのが楽だったと言い放ったのが、
呼び子で呼んだ仲間が取り押さえに集まってからの種明かし。
お線香やお香を扱う薬種屋さんだったがための、
思わぬ効用だったのだけれど、

 “なんでこうも、
  厄介ごとへ飛び込む機運をしてなさるかね。”

実はこの連中、
単なる夜盗に見せかけて、
密輸の荷が手違いで紛れ込んだまま、
目的の港ではなくの こちらへ運ばれていたのを
何とか辿って辿って取り戻しに来た、
他藩を縄張りにする手合いだったそうで。

 “しかも、ドルトンから下調べを受け取った俺が、
  現行犯で引っ括ってやろうと飛び込もうした晩に、かよ。”

屋根の上にて先陣を切り損ねた、どっかのお庭番さんが、
しょうがねぇなぁと苦笑していた
梅雨明け間近なとある晩のことでした。






      〜Fine〜  14.07.06.


  *何かここ2、3日やっと梅雨らしい日々になってるこちらです。
   去年はもう このあたりで
   猛暑日が始まりの、途轍もない夏に飛び込んでいたので、
   ちょっぴり涼しい日がまだ続いているのが
   何とはなくありがたいです。


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